[企画と集団のはざまで~ホールを原っぱにしてあそぼう~]
- kikakuon
- 4 日前
- 読了時間: 7分
更新日:3 日前

様々な形の集団が起こす混沌さと凶暴さが毎日流れてくる。熱い仲間たちが引き起こす混乱であったり、冷たい組織が引き起こす凶悪さであったり……。こんな時だからこそ、地域という片隅にいても、「企画」(仮説)を立て、「集団」が生み出すまっとうなエネルギーと喜びを多くの人と共有していく、「企画」という見えないシステムと見えない「集団」のはざまで、ホールを楽しむのもささやかな市民のあり方と思う。
大塲真護
出版名
企画と集団のはざまで
~ホールを原っぱにしてあそぼう~
著者(会員)
大塲真護
発行元
幻冬舎メディアコンサルティング
発売元
株式会社 幻冬舎 (東京都 渋谷区)
販売日
2025年 5月15日
定価
本体1700円+税 280P,各書籍 紹介文 90字
まえがき
学校を退職後、いくつかの企てを地域で実践する。お宮をはじめ公共施設でさまざまな人と思いつくままアイデアを形にしてあそぶことになった。自分には奏でたり、筆を持ったり、踊るといった能力が欠けている。一方で、場をあそぶのに必要なアイデアをチームを組んで形づくることは苦手ではない。
結果、地域の多くの方が参加して楽しむいくつかの企てに立ち会った。
県や市には後援申請書を、財団には助成申請書を提出する。そこには「企画費・制作費」という項目がない。
場所でひらめいたことをアイデアという形にして、スタッフや観客を集め、公演の準備をする。公演が終われば、様々な片付けが待っている。間髪をおかず来年のために助成申請書を書き始める……。この中で公演以外の作業は「企画や制作」という名にあたるが、その名前が申請書にはない。
ソフトへの対価は考慮されず、今日に至るまで企画や制作をしてきた労力の時間は宙に浮いたままになっている。
「地域創生」が言われ出して長いが、そのためには「アイデア」がいる。アイデアを形にするために集団を作り実施していくまでの「企画力」への配慮が地域に求められている。
10年前の2015年に「NPO法人企画on岡山」を立ち上げる。
拠点として最適な西川アイプラザが見つかり、そこで中規模な2つの企てが始まった。生まれたアイデアが変化していき、同時にその母体となる集団も変容していく。自分も市民の一人として巻き込まれながら、「ホール」という場に身を置き「企画とはなんであり、地域における制作とはなんであるのか」を考える日々が続いた。
10年前に立ち上がった2つのアイデアは形となって今も続いている。
一つは、子どもの音楽劇「野良のあそび箱in夏休み」―子どもが本来持っているエネルギー(身体、笑顔、歌声)がいかんなく発揮され、そのエネルギーが大人たちを次々に巻き込んでいく企てである。地域にホールがあるにもかかわらず、相変わらず単発のおあそびイベントや習い事の類が多い。それらとは一線を画した企てである。
もう一つは、舞台芸術祭。地元の様々な人が集まってくる「ニシガワ図鑑」は、参加チーム代表者も実行委員会の委員となり、美術家や照明家を巻き込んで実験的な作品を創り続ける企てである。地域では、仲間たちだけの完結する小イベントが多いが、それとは一線を画した企てである。
こうして7歳から83歳まで世代を超えて、地域のさまざまな場所から人が集まり、二つの違った集団が生まれる。お互いが支えながら当事者として時間を過ごすには広いホールが適している。
8月と3月の2回、毎年10日間以上ホールを拠点として続けるには、ホールの指定管理者との協働がなければ不可能である。
協働するには、企ての公益性についての説明と、実体つまり集団の構成員が必要である。
5年前の2020年、企画の正体を「樹の循環システム」になぞらえて書き始める。「コーディネーション ファシリテーション インクルーシブ」といったことばは、都会での育児法なのでスルーする。
アイデアをどのように育てていくのか、集団をどのように形成していくのか、指定管理者との協働をどのように行っていくのか、NPO法人の存在意味とはなんであるのか……一つひとつのことを考え整理していった、そこから「地域で中規模な企てを継続するのに要する作業や思考」が見える形で蓄積されていった。
「企画」と「企て」の明確に違い―あくまで仮説だが―に気づいたのは、最終的な書き直しに入ってからだった。
「企画」は動機から始まって手段まで繋がっている。一方で、樹は統一された体系(システム)によって、種から始まって枝葉まで全体が繋がり自らを成り立たせている。そこで、「企画」を樹になぞらえると7つの要素が過不足なく一致するのに驚く。その先に成る実は集団である。
企画に対して、「企て」は個々の木を指す。自然界には桃の木、栗の木、葡萄の木が存在する。同じ「樹」という統一されたシステムに従って成長を始めるが、「種」や「芽」の中に追加された要素の違いによって、幹の姿や枝ぶりが違っていて、それぞれ違った実をつける。成る実は催し(作品)である。
「集団」の集は「鳥が木の上に集まってくる」という意で、それを打ち固めてまるい形にすれば団となる。企画という樹に市民が集まってきて、ゆるやかな共同体としてNPO法人という実を付ける。成った果実は地に落ちて、そこから地域の多くの老若男女を巻き込んで、木を育て企てを実践し―最後に実を付ける。
「企画」ということばの構築には労力が要り、一方で常に揺れ動きながら変容していく「集団づくり」にも異なったエネルギーを要する。
地域で中規模な企てを継続するには、相対立する―秩序立てたものと常に変容するもの―2つ間(はざま)で試行錯誤することで、どこまでいってもきりがない。
文化・芸術の領域に留まらず、地域のどこに身を置いていても同じと思う。
さまざまな形の集団が起こす混沌さと凶暴さが毎日流れてくる。熱い仲間たちが引き起こす混乱であったり、冷たい組織が引き起こす凶悪さであったり……。
ともかく歴史は繰り返されている。
こんな時でも、いやこんな時だからこそ、地域という片隅にいても、「企画」という仮説を立て、「集団」が生み出すまっとうなエネルギーと喜びを多くの人と共有していくことは意義深いと感じる。
第1部には「樹に学ぶ」として、樹の構造に則しながら企画のシステムについて述べる。次に実践していく上での要となる「方法」を解剖してみた。そこから辿り着いた「企画費・制作費」が「公益性」の視点からは欠かせないことについて付録として記した。
第2部の前半は、女子中学生の担任として「影絵」を始め、それをきっかけにしてクラスや学年のあり方を見直した記録である。今でも実践している集団の原型図(P150)も載せた。30年たった今でもこの捉え方は変わっていない。
第2部の後半は、退職後の6つの場所での中規模な9つの企てについて、それぞれの「きっかけと動機とひらめき」を中心にして、間には関わった方々のことばも挟んでの記録である。
第3部として、NPO法人「企画on岡山」について記す。企画から10年目の今年辿り着いた集団の容(かたち)について会員募集チラシに書き込んだことばを中心にまとめてみたと集団図を置いてみた。
できる限り多くの方に手に取って戴きたいのですが、特に、ひらめきはあるがそれをどうようにしたら実現できるのか悩み始めた人、地域で企画し始めたリーダーやビジネスパーソン、あるいは消滅しかかろうとしている集団の舵取りを担ってしまった方々に参考になればと思います。どこにいても企画と集団のはざまにいることに違いはないでしょうから。
そこから一歩を踏み出し、試行錯誤しながら進まれることを願っています。もっとも、最後までお読みいただくと、多くのコトが試行錯誤の途上であることがお分かりいただけると思います。
目次
まえがき
第1部 理論編・企画を解明する
第一章 樹に学ぶ
第一節 動機(種/根) 第二節 アイデア(芽) 第三節 目的(幹) 第四節 方法(幹)
第五節 目標(枝) 第六節 手段(枝葉)第七節 実践(実)第八節 動機(種)
第二章 方法を解剖する
第一節 地域 第二節 市民 第三節 チーム 第四節 拠点 第五節 期間
第六節 企て 第七節 継続 第八節 循環システム
附録① お金 附録② 助成金 附録③ 制作
第三章 補遺
第一節 原っぱ 第二節 教育と文化 第三節 ある、いる、する、そして なる
第四節 疑い 憤り 拾う 第五節 限界と責任 第六節 協働
第2部 実践編・企画と集団のはざまで
第一章 学校にて
第一節 授業 第二節 演劇部 第三節 担任 第四節 教育相談
第五節 総合的な学習の時間
第二章 地域にて
第一節 東照宮玉井宮 第二節 岡山県天神山文化プラザ 第三節 岡山城と後楽園
第四節 ルネスホール 第五節 西川アイプラザ 附録① 台湾・新竹市立演藝廰
附録② 子どものあそび 附録③ 地域の現状 附録④ 記録写真
第3部 ゆるやかな共同体をめざして
NPO法人企画on岡山
❒本書で触れた書物
あとがき